鶴書院

小説 恐怖の裁判員制度

小説 恐怖の裁判員制度(カバー)
著者 雨宮 惜秋
サイズ 四六判
形態 並製本
頁数 144頁
ISBN 9784434120695
発売日 2008/07/15
価格 500円
発行 鶴書院
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憲法改正への布石としての「裁判員制度」を叩きつぶせ!


「裁判員制度」は召集令状といっても過言ではない悪法である。

●「裁判員制度」は違憲である。

●「裁判員制度」は人権を蹂躙する。

●「裁判員制度」は恐怖の召集令状。

●「裁判員制度」は国が進める世紀の愚行。

●「裁判員制度」はいますぐに潰さないと、日本は滅びてしまうかもしれない。



著者・雨宮惜秋の語気は荒い

雨宮惜秋は「裁判員制度」が、司法の問題を超えた日本という国家のこれからを左右しかねない深刻なことがらであることを、私たちに訴えようとして、この「小説 恐怖の裁判員制度」を書いた。たしかに、最高裁判所のホームページや広報などにおいて、「裁判員制度」は日本の裁判制度をより理想的な形にしてゆくための最善のシステムであることを強調している。しかし、それらの情報が、果たして本当に「裁判員制度」のすべてを詳細かつフェアに報じているのかどうか。残念ながら「否」と言わざるを得ない。作者・雨宮惜秋はその事実に、憤りを感じ、この「小説恐怖の裁判員制度」を世に問うことを決意したのだ。「裁判員制度」がどういうものなのか、私たちは正確に知らされているだろうか。おそらく、きちんとした説明も受けず、理解、消化もせずに、テレビや雑誌、新聞などの情報によって「仕方ないけれど、まあ参加するか」という、まるで他人事のような感覚で、ことの重大さにはほとんど無頓着な様子で受け止めている--というのが現実であろう。実は、「裁判員制度」が戦前の赤紙と同じように「国家の命令は絶対的」というファシズムの時代への序章であることを、おそらく多くの人は知らないであろう。


行動を起こすために

「司法の改革、開かれた裁判、市民参加の民主主義的裁判制度へ」……という美辞麗句を、多くの人たちは信じているにちがいない。しかし、実際には「裁判員制度」が、60数年前のように国民を再び地獄の苦しみに引きずり込むような、巧妙なからくりと陰謀にいろどられている――という事実を知ってしまったとしたら、羊のように黙従することなどできないだろう。もと来た道に私たちは、再び戻ることなどはできないのだから。特に憲法の番人であるべき最高裁判所が「裁判員制度」を推進しているとなると、私たちはこれを黙って見過ごすわけにはゆかない。しかも、「裁判員制度」が一見何の関係もなさそうな、戦後の自民党とアメリカの合作である「愚民政策」「一億総白痴化」政策の総まとめであり、この国をアメリカに次ぐ恥知らずの「ならず者国家」に仕立てあげようとしているのだとしたら、果して私たちはどう考え、行動を起こせばよいのだろうか。


日常から笑いが剥奪される

「知らない間に戦争になっていた」とは戦前を生きた多くの人たちの弁だったが、今の私たちも全く同じかもしれない。テレビの馬鹿番組にニヤニヤしている間に最悪のシナリオが進行していた……。なんてことに、本当になるかもしれない。私たちは、もともと愚かな国民なのか、いやそうさせられてしまったのか。いずれにしても、もうそろそろ「午睡」から目覚めなければならない。取り返しのつかないところまで来てしまう前に……。確かに退嬰、退廃的、刹那的な意識がこの国に住む私たちをすでに席捲してしまったような気もするが、例えそうであったとしても、この国では一体いま、何が起きているのかということに、カッと目を見開いて直視しなければならぬ。私たちはすでに歴史を体験している。旧ソ連や東欧の国々が約半世紀の「密告社会」に慣らされた結果、人々の間から笑いが消え、お互いが(家族さえも)猜疑の眼を向けあって、信頼や絆という人間らしい「心」をすっかりなくしてしまったように、国家というのは国民が羊のようにおとなしければ、必ずひそやかに、まるで夜に忍び寄る鵺(ぬえ)のように、ファシズムを希求し始めるのだ。そういう事実から目を背けてはならない。平凡な生活者だからという現実を盾(アリバイ)にして、見て見ぬふりをしたとしたら、おそらくこの国は60数年前に再び回帰してしまうだろう。


恐怖政治の再来

グローバリズム、新自由主義、格差社会、福祉の切り捨て……アメリカがそうであるように「平和」や「繁栄」というのは気を緩めてしまった瞬間、私たちの小さな手の間から砂のようにこぼれおちてしまうものであるらしい。この日本という国は戦後、アメリカを模範とし、豊かな大国になったけれど、親分であるアメリカの辿ったシナリオを忠実になどってゆくことで、一体これからどこへ行こうとしているのだろうか。それとも、この国にはもう独自の主体性などというものは持ち合わせてはいないのかもしれない。「裁判員制度」も、やはりアメリカの謀略、「国民を恐怖政治」に陥れ「骨抜きにしてしまおう」という策略の一環であると、著者・雨宮惜秋は断言する。それは憲法改正への布石であり、アメリカの戦争のための傭兵として、それも無給のボランティア兵隊として(アメリカ帝国に寄与するような陰謀であるにもかかわらず)、悪女の深情けのように率先してアメリカにすり寄っていこうとしているのだと。忍び寄る、不気味な靴音。地獄に誘う確かな強い「音」--。作者はそれを決し見過さない。


「陰謀」と「からくり」を見抜く

「裁判員制度」が、以上のように国民を裏切り、完膚なきまでの国家支配を目途にした卑劣きわまる「悪法」であり「愚法」であるかということ??「小説恐怖の裁判員制度」は読み進めば自然に解るようなストーリー展開になっている。つまり、「裁判員制度」の「陰謀」と「からくり」、私たちの国家が隠したくてたまらない真実を、見事に描きだしているのだ。登場人物たちが、その事実を知ることでコペルニクス的一大転換をもたらされたように、一人でも多くの人たちがそうなることを切望する次第である。



目次
第一部 忍び寄る軍靴の響き
第二部 雨宮惜秋"パロディ劇場" シミュレーションドラマ 裁判員
結びに 作者のダイレクトなメッセージ