鶴書院

新聞・雑誌の記事でたどる鶴書院の18年の歩みと解説

その1(1990〜1996年)

1990年

  1. 月刊「ライフラーニング」夏号((財)生涯学習開発財団発行):編集長・野口武雄のシニア文学への意気込みなど。「人間のやさしみがシニア文学のテーマ」だと語る。
  2. 読売新聞9/29朝刊(地域ニュース本棚):鶴文学叢書第1弾『小説大坂蘭学史』(龍文雄)の書評。江戸時代、浪速に咲いた蘭学者群像を軽妙な文体で小説に。
  3. 西日本新聞10/28朝刊(新刊から):鶴文学叢書第1弾『小説大坂蘭学史』(龍文雄)の書評。戯作風の語りと歯切れのいいテンポとリズムで歴史小説に新風を吹き込む。
  4. マイライフよみうり11/21(コラム):新しきシニアの文学集団(シニア文学投稿誌【鶴】)が荒川区に誕生。第1回応募作品117編。
  5. 月刊「ONION」12月号(日経事業出版社):【鶴】の創刊の目的。日本でもめずらしいシニア文学投稿誌【鶴】を通じてシニアの輪が広がることを期待。
  6. 朝日新聞12/4朝刊(首都圏版):【鶴】の紹介。発表の場の少ないシニアのための文学雑誌が東京の出版社より創刊。戦争、家族、恋愛などを語りつぐ。
  7. 産経新聞12/4夕刊(読書欄):鶴文学叢書第1弾『小説大坂蘭学史』(龍文雄)の書評。無名の先駆者たちを軽妙な戯作に。洒脱な大阪弁と小気味よいテンポで一気に読ませる傑作。

[解説]1989年9月に鶴書院を創設し、翌90年4月にシニア文学投稿誌【鶴】を創刊し、秋には鶴文学叢書第1弾『小説大坂蘭学史』(龍文雄)を刊行した。とりたてて新聞各社に広報活動をしたわけではなかったが、【鶴】の幟を持って休日を利用して上野の美術館の前をはじめとして文化施設の玄関前でチラシを配布したり、創業したばかりの鶴書院と【鶴】を知ってもらうための手づくり広報活動を展開した。 そのときのチラシを持って朝日新聞社会部の記者が事務所(当時は荒川区日暮里)に現れたのは、いまでも鮮明に覚えている。強烈な驚きであった。この記事が出たその日の9時ごろから2本の電話が途切れることなく鳴りっ放しになったことは、草創期の懐かしくも熱い体験だった。このときに問い合わせのあった人のうち、約五百名が【鶴】の会員となった。シニア世代の大きな期待を背負っての船出となったのである。 秋に刊行した鶴文学叢書(単行本)第1弾『小説大坂蘭学史』(龍文雄)は読売、西日本、産経新聞の書評で紹介されるなど高い評価を受けた。しかも3紙の書評に掲載されたというのもかなり異例のことであったようだ。

1991年

  1. 月刊「新生」1月号(倫理研究所発行):第二の人生に賭ける編集長・野口武雄のシニア文学への取組み・抱負。全国の無名シニア作家の発掘。
  2. 東武新聞1/25(書評欄):『小説大坂蘭学史』(龍文雄)が好評。蘭学に一生をささげた「無名の先駆者たちを軽妙なタッチ」で描く意欲作。
  3. 月刊「年金時代」2月号((財)年金福祉協会発行):定年後の第二の仕事をシニア文学に賭ける編集長・野口武雄。「書きたい思いを大切にしたい」
  4. 月刊「花も嵐も」3月号(山河社):シニア文学に賭ける編集長・野口武雄。
  5. 読売新聞3/20朝刊(家庭とくらし欄):【鶴】の紹介。シニア文学投稿誌【鶴】創刊され、着実な歩み。シニアが楽しめる雑誌を目指して。
  6. 産経新聞6/2夕刊(コラム):鶴文学叢書第2弾『三河島』(木曾秋一)の書評。定年後のこころ模様が透明な筆致でつづられていて胸をうつ。
  7. 週刊文春6/3、6/20号(待ってました定年):【鶴】と野口編集長の紹介。高齢者ならではの作品が全国から続々と。シニア文学発掘を志した文芸雑誌編集長・野口武雄67歳。
  8. 産経新聞6/21夕刊(読書欄):鶴文学叢書第2弾『三河島』(木曾秋一)の書評。東京の昭和史描く。人生の豊かさに裏づけられた静かな筆致のなかにときには若き日の回顧談に花が咲き、また失われてゆくものへの愛惜が漂う。珠玉のエッセイ集。
  9. 日本経済新聞9/15朝刊(文化欄):【鶴】の紹介。シニアに広がる創作意欲、青年期の表現欲を満たすシニア文学投稿誌【鶴】。低迷する日本文学を自分史や庶民生活を刻むことで草の根レベルでさせようとしている。
  10. マイライフよみうり9/25(コラム):鶴書院の紹介。人生つづる熟年文学の鶴書院。町に埋もれたシニアの才能へ呼びかける。
  11. 日暮里地域ニュース9/25(荒川区発行):『三河島』(木曾秋一)の紹介。ふるさと日暮里が描かれたエッセイ集。
  12. THE NIKKEI WEEKLY10/5(byジョン・スコフィールド):鶴書院と鶴文学叢書第3弾『浅草まぼろし城』(川島康之)の紹介。後者は1930年代の浅草を郷愁の思いで描く。
  13. 読売新聞12/24朝刊(文化欄):【鶴】では「ただ一つ随筆」というテーマで作品を募集。

[解説]鶴書院を創設して2年目の1991年は月に1回の割合で取材を受けた。シニア文学投稿誌【鶴】がわが国でもはじめての試みであったことから、新聞・雑誌のほかにタウン紙などでも大きく報じられた。加えて編集の責任者・野口編集長が定年後の67歳というのも話題となった。世はまさに高齢化社会の「とば口」であった。そんな時代風潮にあって各紙・誌とも【鶴】が今後どのような展開を図ってゆくのかを注目していた。 また、単行本の鶴文学叢書も第1弾『小説大坂蘭学史』(龍文雄)に続いて『三河島』、『浅草まぼろし城』の2冊を刊行。新聞で紹介されたほか、後者は英字新聞の取材を受けた。

1992年

  1. 神奈川新聞1/12(著者インタビュー):鶴文学叢書第3弾『浅草まぼろし城』の著者・川島康之のインタビュー。「一瞬の夢のように」描かれている戦前の浅草風景は、まさしくロマンの郷愁をかきたてる一瞬の夢物語といえる。
  2. 週刊文春2/6号(著者と60分):『浅草まぼろし城』の著者・川島康之のインタビュー。不思議な明るさと温かみがある。芸人たちのエピソードが楽しげに織り込まれている。
  3. 東京新聞2/20朝刊(書評欄):『浅草まぼろし城』の書評。映画「まぼろし城」(戦前の日活トーキー)に誘われるようにして書いた太平洋戦争前夜の浅草の人と風景。
  4. 読売新聞4/2朝刊(生活情報欄):【鶴】と鶴文学叢書の紹介。「ペンを持った男たち、自分の生き方刻みたい」【鶴】が募集した「自分史」に全国から100編以上集まる。鶴書院編集長・野口武雄(木曾秋一)は『三河島』、川島康之は『浅草まぼろし城』出版。

[解説]シニア文学投稿誌【鶴】については、前年までにかなり頻繁にとり上げられたためか、1992年はすべて単行本・鶴文学叢書シリーズの紹介で、4件にとどまった。 なかでも、シニア世代のとりわけ男たちが「ペンを持ちはじた」と報じた読売新聞は、翌年あたりからはじまった「自分史」ブーム到来を予感させるような内容となっている。【鶴】でも実施した「自分史」の作品募集にも全国から100編以上集まったが、これは戦後復興を支えた企業戦士たちが続々と一線からリタイアし、戦争体験を含めた戦後から繁栄の現在までを真摯に振り返って「自分史」として出版するケースが増えてきつつある証左ともいえるものとなった。伝記や自叙伝といった肩肘を張ったような本格的なものではなくて、思いつくまま気楽に記述すれば、それがりっぱな1冊の個人の歴史、つまり自分史となるというのが、ブームになった要因のひとつといえるであろう。 この年を境に、【鶴】の編集目的や理念などといった取材はゆきわたって、シニア文学出版社・鶴書院がどのようなシニア出版事業を展開しているかに、新聞・雑誌の取材ポイントがシフトしてゆく。 【鶴】に参加しているシニアの人たちへの取材も増えてきた。

1993年

  1. 日本経済新聞1/1朝刊(文化欄):【鶴】と鶴書院及び社長(井口哲夫)と編集長(野口武雄)の紹介。いままでにない雑誌を作りたいということから、戦中・戦後を生き抜いたシニアを対象にしたユニークな雑誌【鶴】を発刊した。文学と格闘しながら二人の「字遊人」の歩みは続く。
  2. 月刊「東京人」3月号(都市出版発行):『三河島』(木曾秋一)の紹介。つつましい戦前の東京下町の生活が見えてくるようだと。
  3. 読売新聞3/13朝刊(生活情報欄):シニア文学投稿誌【鶴】では第7号で一般公募した「てのひら小説」入選作品を一挙掲載。「ライオン来い」(本田幸男)「終列車」(西川のぶ子)ほか七編。第7号では「一瞬の自分史」を募集。
  4. NHKラジオ9/11(ラジオ深夜便):語りつぐ昭和新書第1弾『軍装のタイピスト』(澤田愛子)を宇田川アナウンサーが朗読(生放送)。朗読内容は〈第4章マニラ 赤十字病院〉より。「いのち亡びるとき兵士たちは二本の箸を固く握りしめていた…」。文芸評論家の藤田昌司氏がホスト役。
  5. 月刊「有鄰」10/10(有隣堂発行):『軍装のタイピスト』(澤田愛子)の作品と著者紹介。文芸評論家の藤田昌司氏の署名原稿。十六歳で軍属を志願、シンガポール(昭南島)へ。戦地での痛烈な体験と鎮魂の思いをつづる。マニラの赤十字病院で見た戦争の地獄図。
  6. 日本経済新聞10/13朝刊(婦人家庭欄・この人):『軍装のタイピスト』(澤田愛子)の作品と著者紹介。自分の存在証明のために書いた。震える手で兵士の死を記す。
  7. 朝日新聞10/21夕刊(さんさんネット・郷土の本):語りつぐ昭和新書第2弾『玄海灘のかなたに』(米倉勝則編著)の紹介。ヒューマンドキュメントで描く庶民の昭和史。
  8. 月刊「HOUSING TODAY」11/10((社)全国中小建築工事業団体連合会発行):戦後の歩みを自分史にまとめてみませんか。シニア文学の鶴書院が「自分史」を募集。
  9. 読売新聞11/26朝刊(生活情報欄):【鶴】の第7号をシニア50人に進呈する。
  10. 産経新聞12/4朝刊(生活サタデー・ハッピーエージング):シニア対象の文学投稿誌【鶴】が予想超す応募の反響。心打つ内容で読者増え第8号へ。孫からもらったワープロで自分史をまとめる会員も(千葉県の深尾芳弘さん)。

[解説]この年に創刊した「語りつぐ昭和新書」の第1弾『軍装のタイピスト』(澤田愛子)は、日経新聞のほかNHKラジオでも大きく紹介された。女性軍属(タイピスト)の稀有なる戦争体験。戦況が傾き始めた昭南島(シンガポール)で、彼女が経験したものとは? やさしい文章に潜む鬼気迫る筆致は、ノンフィクションならではのリアリズムで、高い評価を受けた。第2弾『玄海灘のかなたに』(米倉勝則編著)は、戦前に日本統治下にあった釜山の小学校卒業生が当時を回顧して、戦争がもたらしたものを検証した文集。「朝鮮と日本」の歴史を考えさせられる優れた「昭和の記録」でもあった。

1994年

  1. 産経新聞8/13朝刊(生活サタデー):【鶴】が募集した「400字の戦時体験」に12編が入選。「光る眼」(山口中)が全文掲載。どの作品にも、敗戦の混乱、引揚げ、空襲の恐怖など惨劇の中での人間的な交わりが一枚の原稿用紙に凝縮されていると。
  2. 月刊「ON THE WAY」11月号(シルバーライフ協同組合発行):文学界に新風を吹き込んだシニア文学投稿誌【鶴】。編集長は元公務員で67歳の野口武雄さん。
  3. 日本経済新聞11/30朝刊(婦人家庭欄・この人):小説『家族さがし』で第1回[鶴]シニア文学大賞受賞した西川のぶ子さん。「書くという時間は濃密で生きていることを強く確認させる」。

[解説]この年から取材の件数は激減し、その内容も【鶴】それ自体の取材は減って、鶴書院の出版活動が中心となっている。戦時期の体験を語り継ぐ「400字の戦時体験」は、短い文章の中に当時の緊迫感などがコンパクトにまとめられており、習作揃いであった。シニア世代の埋もれた作家発掘の趣旨で公募した第1回[鶴]シニア文学大賞は西川のぶ子さんの『家族さがし』が受賞。

1995年

  1. 月刊「壽」2月号:シニアを主要読者にしたシニア文学投稿誌【鶴】が静かに熱い共感を呼んでいる。

1996年

  1. 毎日新聞1/10朝刊(書評欄):『いっぱいー青春に生きる27章』(おだりつこ)の書評。一番の夢は「普通の中で光るもの」を持つこと。夢のない青春なんてないんだ。
  2. 茨城建設産業新聞4/20(何でもコーナー):土浦在住の高野三郎氏は鶴書院から『地域の発展とともに』を出版し、静かなブームを巻き起こしている。
  3. 常陽新聞4/30(ひと欄):天野雀(本名中野十美子)は十編の童話を集めた『四年目のおたん生日』を鶴書院から出した。「書くことの好きなおばさんが身近にいることを感じてもらえれば」
  4. 読売新聞5/30朝刊(家庭とくらし シニア):お年寄り本人の心情を描いた小説がシニア文学投稿誌【鶴】にも登場。介護される心情、小説に。
  5. 長崎新聞5/30:長崎市の浦田千鶴子さんが『私の歩んだ道』を出版。この作品は第1回【鶴】シニア自分史大賞の最優秀作品に選ばれる。